11月29日、エコノミスト誌とイギリスのインターネットリサーチ会社YouGovが全編457ページにもなる世論調査の結果を発表しました。外交、民主党予備選、トランプ大統領への評価など、様々なテーマについて調査したものですが、そのなかのとある調査結果がメディアや世間からの注目を集めています。
大きな話題となっているのは「エイブラハム・リンカーンとドナルド・トランプのどちらが良い大統領ですか?」という質問です。この質問に対し、なんと過半数以上の共和党員は「トランプの方が良い大統領だ」と答えたというのです。
なお共和党員を含めた全体での結果では、75%の人々がリンカーンの方が良い大統領だと答えたとのことです。
なぜこの世論調査が注目されているのでしょうか。そのことを考えるには、リンカーンという大統領がアメリカ人にとってどのような存在なのかを理解する必要があります。
エイブラハム・リンカーンとは
エイブラハム・リンカーンは日本でも中学や高校の歴史の授業でも必ず登場する、アメリカ合衆国史における最重要人物です。彼はアメリカが合衆国(北軍)と連合国(南軍)の二つに分裂して戦った南北戦争(1861-1865)で合衆国を率いて勝利した大統領です。
リンカーンの最大の功績とされているのが奴隷の解放です。南北戦争で敗北するまでのアメリカ南部では、プランテーションを経営する白人たちが平然と奴隷を所有・使役していました。リンカーンはそのような状況を打破しました。
リンカーンが真の意味で人種間の平等を理想としていたか否かというのは議論が分かれる所のようです。しかし、彼が1862年の奴隷解放宣言と戦後の憲法修正第13条をもって、公式にアメリカ合衆国から奴隷制を消滅させたという事は歴史的な事実です。
リンカーンとはアメリカ建国以来存続していた奴隷制を完全に廃止する事で、現代まで存続する「公的な身分制度の存在しないアメリカ合衆国」を完成させた大統領です。それ故に彼はジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンといった建国の父たちと並んで今も尚尊敬を集めています。
ラシュモア山に彫刻されている四人の大統領のうち、ジョージ・ワシントンとトマス・ジェファーソンはそれぞれ初代と第三代大統領であり、彼らは建国の父たちと呼ばれる大統領たちです。
一方で残りの二人であるリンカーンとセオドア・ルーズヴェルトは、それぞれ1860年代と1900年代の大統領です。建国者ではないリンカーンが(そしてT・ルーズヴェルトも)ここに彫刻されていることが、彼(ら)がアメリカの歴史において卓越した存在であるかを示しています。

トランプ vs リンカーン から何が読み取れるのか
つまり、エイブラハム・リンカーンとはアメリカでは当然のように尊敬されている偉大な大統領です。
しかし、そのリンカーンと比較して、なんと現代の共和党員のうち53%が「トランプの方が優れた大統領だ」と考えている事が今回の世論調査で明らかになりました。これは何を意味しているのでしょうか。
ソーシャルメディア上では「彼らは無知だ」などといった、リベラル派が共和党員を馬鹿にするような反応もありますが、果たしてそういった問題なのでしょうか。
この調査結果に触れて、ピューリッツァー賞受賞者のジャーナリスト、コメンテーターであるレオナルド・ピッツ氏は、MSNBCの番組 Am Joy で以下のように語っています。
「どこかに何回か頭を打ちつける為の壁はない?いや、そうでもしないとこの事については語れませんよ。
このような世論調査の結果を聞いたのは初めての事です。しかし、この調査結果は現在の共和党が陥っている妄想的な観念や側面を物語っているとも言えますね。
これは、もはや政党ではありません。カルトです。そして彼らは長きに渡ってカルトであり続けてきたんです、このリンカーンに関する調査結果とは別にね。
(中略)
今我々が目にしている、トランプが牽引する政治運動には、非常にカルト的な側面があります。とりわけ、彼らはトランプを決して疑ってはならないといった考えを持っています。そして、トランプの全ての白痴的な言動、無能さ、そして嘘の数々は、そうした構造の中では成立してしまうのです。
(中略)
つまり、もしあなたが彼の誤りを指摘しても、それは無意味という事です。むしろ、あなたの理解を超えたどこかで、彼はその誤りを正しい物として逆転してしまうのです。」
MSNBC: Republicans say they like Trump better than Lincoln in new poll より引用して抜粋
このようにピッツ氏は、もはやトランプ現象とは党派といった次元を超えてしまい、遂にはカルトと化したと表現しています。
MSNBCはリベラルな放送局として知られていますが、このピッツ氏の発言はその傾向を抜きにして考えても納得出来る部分が多いのではないでしょうか。
現代や近過去からの社会問題や政治について各党で異なる視点と見解を持つ事は、党派間の小さな分断と捉える事が出来ます。
しかしリンカーンは建国の父たちに勝るとも劣らない偉人、アメリカ合衆国を完成させた大統領として過去150年以上に渡り尊敬されてきました。そしてリンカーンが作り上げた国家像は、その後のアメリカの共通理念とも言えるものであり続けてきました。
そういった常識ともいえる社会通念を否定するグループが育ちつつある状況、これは単なる党派間の分断といえるのでしょうか。
カルトという呼び方が正しいのかどうかは議論の余地があるところですが、トランプ支持者たちは、奴隷制廃止以降のアメリカ民主主義の歩みからかけ離れた歴史観や文化的な感覚を持つ、異質な何かになりつつあるのかも知れません。
それはもはやネイションの内側での分断ではなく、新たなネイションの誕生を意味しているのではないでしょうか。そして、ピッツ氏が語る、彼らに語りかける事の難しさとは、異なる文化を持つ人を説得する事の難しさと似ているのではないでしょうか。
今回の世論調査で明らかになったもの、それは党派間の分断の先にある社会の分裂の兆しなのかも知れません。
ラシュモア彫刻はヒッチコックの映画にも出てきましたね。
(=^・^=)
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dalichokoさん、コメントありがとうございます。
そうなのですね。私はその映画を観ていないのですが、ある意味では「アメリカ合衆国」の聖地とも言える場所ですから、政治的なメッセージでないにしても、この国の歴史や伝統に関する何か深い意図があるのでしょうね。
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