12月3日、民主党大統領予備選挙から有色人種では有力な候補と目されていたカマラ・ハリス上院議員が選挙戦からの撤退を発表しました。彼女の支持率は何度か浮上をしましたが、7月以降は支持が伸び悩んでいました。
現在のレースは依然としてバイデン前副大統領がリードしており、それを急進派のサンダース上院議員とウォーレン上院議員が追っています。更にその下には同性愛者である事が広く知られている若手のピート・ブーテジェッジ、情報サービス・メディア企業であるブルームバーグの創立者マイケル・ブルームバーグ、ミネソタ州選出の上院議員であるエイミー・クロブシャーがいます。
これらトップ6は全員白人候補であり、ハリスの撤退直後にTwitter上では #PrimariesSoWhite というハッシュタグまで作られ、現状を嘆く声がSNS上にも少なからず投稿されていました。
The top six Republican nominees in 2016 were more diverse than our top six democratic candidates for 2020 #PrimariesSoWhite pic.twitter.com/DHsfQCke4d
— Brother Nyght (@wondermann5) December 4, 2019
2016年共和党予備選のトップ6人は、私たちの2020年民主党候補たちよりも多様だ #PrimariesSoWhite
戦後、特に70年代以降のアメリカで黒人など有色人種の声を代表してきたのは民主党でしたが、今回の選挙においてはハリスの撤退によりいよいよ有色人種を代表する有力候補がいなくなったかに見えました。しかし、ここに来てリベラル派の注目を集める人物が現れたのです。
台湾系アメリカ人候補、アンドリュー・ヤン
その名もアンドリュー・ヤン候補。44歳の台湾系アメリカ人で、肩書きは「起業家」です。政治経験はありません。
彼が注目されている最大の理由はその政策にあるのですが、そもそも彼の大統領候補として特筆すべきポイントは、彼が「今と未来の問題を解決する事」を強く意識している候補である点、そして現代的な貧困や中流層の崩壊の要因が「技術の進歩」にある事を理解している点の二つです。
ヤンが度々使う表現の一つとして、「我々は今、3イニング目にいる」というものがあります。
我々は今、経済・技術の歴史上で最大の変動に巻き込まれています。
我々は今、3回のウラの打席に立っています。そして3回表の変化がドナルド・トランプ大統領を生み出したと言っても良いでしょう。
1回表に起きた変化とは、金融サービスの自由化でした。
2回表の変化とは、製造業の雇用の大量破壊でした。
この3回表の変化とは、地域に根付いてきた中小小売業やサービス企業の衰退です。
4回表の変化は、自動運転車や自動運転トラックの導入です。
そして5回表には、人工知能が弁護士や税理士のようなホワイトカラーの雇用をも奪うこととなるでしょう。
Facebookアカウント: Andrew Yang for President 2020 投稿のビデオより引用
90年代以降の電子・通信技術の驚異的な進歩により、人類社会の構造は大きな変動を迎えています。そしてついにはロボットが工場労働者の雇用を奪い、eコマースなどが地域の小売業やサービス産業を破壊してきました。
今後自動運転が実用化されれば、これまで物流を支えてきたトラック運転手の雇用がなくなりますし、運転手によって支えられてきたロードサイドの小売サービス業も次々と廃業に追い込まれていきます。そして最後には人工知能がホワイトカラーの仕事をも奪う事になります。
ヤンはこういったダイナミックな社会と経済の構造の変化こそが「トランプ大統領」を生み出した根源であると考えています。彼は自らのツイートで以下のように発言しています。
Donald Trump is the symptom, not the disease. The disease is economic insecurity caused by a changing economy that is leaving people behind. We are in the third inning of an economic transformation, and things can get much worse if we do not make our economy work for people. pic.twitter.com/BvADm8SRyl
— Andrew Yang🧢 (@AndrewYang) May 6, 2019
ドナルド・トランプとは症状であり、病そのものではありません。その病とは人々を置き去りにしていく変化に起因する経済的な不安定さです。(後略)
他の多くの候補者たちやその支持者が「トランプこそが悪である」「トランプがアメリカを分断している」「トランプをホワイトハウスから取り除かなければならない」という如何にも「トランプが悪の根源なのだ」というような主張をする中で、ヤンは「トランプは経済構造の変動による結果であり、解決すべき問題は経済にある」としています。このような冷静な姿勢、そして自動化こそが現代の難点である事を強く訴えている事がヤンの特徴です。
では彼は一体どのように技術の進歩とそれに伴う経済構造の変化を御するのでしょうか?
ヤンは技術の進歩を止めようとしている訳ではありません。重要なのはどのように技術と社会が付き合っていくかという事です。
毎月1,000ドル、アメリカ人への「配当金」
彼のみが掲げる、現代への回答。それはユニバーサルベーシックインカム(UBI)の導入です。
「毎月全ての18歳以上のアメリカ人に1,000ドルを配りたい男」、これこそが多くのメディアによるヤンへの理解です。
そしてUBIは非常にシンプルな解決策と言えます。オートメーションにより今後雇用は悪化していくだけであり国民所得も右肩下がりとなるのだから、お金を配る以外に術はないという事です。
更に彼はUBIが経済成長を促進させるものであるとしています。キーワードは「トリクル・アップ」です。
Wiredの編集者ニコラス・トンプソンによるインタビューで彼は以下のように回答しています。
私たちがお金を使ったり、市場に参加している時や、企業が私たちの要求に応じる時などに、私たちの経済システムはよりよく機能します。
(中略)
(UBIがあれば)私たちはより多くのビジネスを始める事ができますし、より簡単に転職できる様になります。だから(UBIで得た)お金は私たちの手元で使って無くなってしまうという事にはならないのです。そしてそれらは私たち市民、家族、そしてコミュニティを引き上げる「トリクル・アップ経済」を創り出すのです。
CBS News: Andrew Yang on creating a “trickle-up” economy より引用
このようにUBIは生活に困窮する人々を救うのみならず、経済の活性化、庶民サイドから経済を盛り上げていく「トリクル・アップ」の効果も期待できるというのがヤンの主張です。
一方でUBIについて問題視されているのは財源です。全てのアメリカ人成人に1,000ドルを配るには2兆8千億ドルの予算が必要となるとされています。ウェルフェアプログラム(生活保護制度)との重複を避ける事で、ヤン陣営は最大で約6,000億ドルをセーブする事が出来るとしていますが、それでも2兆2,000億ドルの財源を確保する必要があります。
簡単な事ではありませんが、この財源を確保する為の方策がまたユニークなのです。
「付加価値税(VAT)」でGAFAに税金を払わせる
自動化、自動運転、人工知能などの技術的進歩を世に齎らしているのはGAFAに代表されるような巨大技術企業ですが、ここに大きな問題点があります。それは「彼らの商品が雇用を破壊しているのに、彼らは税金を払っていない」という事です。
パナマ文書によって日本でも広く知られる事となったタックス・ヘイブン問題ですが、GAFAも同じくアメリカ合衆国政府に対しては一切の法人税を払っていません。
ヤンはこれら技術企業の商売に10%の付加価値税をかける事でUBIの財源の一部を確保しようとしています。
この付加価値税とはどのようなシステムなのでしょうか。
付加価値税とは消費税と似ているシステムで、商品の取引に課税されるものですが、大きな違いは、消費税が「最後に消費者から一気に徴収する税」であるのに対し、付加価値税は「その商品の製造から流通までに関わった企業から細かく徴収する税」である事です。
仮に30ドルの商品に10%の消費税が課税された場合、上図のように最終的な消費者が3ドルの消費税を負担する事となります。
一方の付加価値税では、上図のように原材料を供給するAから商品製造を行うBが商品の材料を10ドルで購入した時に1ドル、それを小売業者Cが20ドルで購入した時に2ドル、消費者Dがそれを30ドルで購入した時に3ドルの税を支払います。
この時、政府は合計6ドルの付加価値税を徴収しましたが、これだと消費税3ドルに比べて3ドル多く取りすぎた事になります。
よってここから政府は取りすぎた分を税負担者に返還する事となります。小売業者Cは2ドルを支払っていますが、そのうちの1ドルはすでにBが支払った分であり本来の負担すべき額は1ドルですから、余分に支払った1ドルが返還されます。消費者Dは3ドルを支払いましたが、そのうち2ドルはBとCが既に払っており本来の負担すべき額は1ドルとなります。余分に徴収されていた2ドルがDに返還されます
これによりこれまで消費者は10%分3ドルの消費税を負担していましたが、付加価値税の導入によりそのうちの2ドルを間に入っていた企業が支払うこととなりました。
さて、アメリカ合衆国の連邦政府は国内の商取引に消費税を課していません。しかし、国内の特にeコマースやデジタル商品の売買に付加価値税を導入するとどうなるかというと、これまで法人税から逃れてきたGAFAが税逃れをできなくなります。
このデジタル付加価値税はあらゆるデジタル商品に課税されるとされています。AppStoreやGoogle Playなど販売されているアプリ、NetflixやPrimeビデオなどのサブスクリプション型の商品、AWSのようなウェブサービスなど、あらゆるデジタル商品に課税されます。そしてアメリカ国内のユーザーにこれらの商品を販売する以上、GAFAのような技術企業はこの付加価値税から逃れる事ができません。
ヤン陣営はこの付加価値税からおよそ8,000億ドルの財源を確保出来るとしています。これに加えて諸々の社会保障制度の見直しで1,000億〜2,000億ドル、UBIによる経済成長から最大9,000億ドルが財源として確保出来ると試算しています。
これに企業への環境税、金融取引への課税を強化する事で、目標である2兆2,000億ドルの財源は確保できるというのがヤンの主張であり、政策の柱でもあります。
現状では7番手
このような他の民主党候補が唱えていない、21世紀という時代そのものを見据えた政策を打ち出すヤンですが、現在の世論調査では彼の支持率は7番手をされています。一方で最近コメディ・セントラルのThe Daily Show with Trevor Noahや、NetflixのPatriot Act with Hasan Minhajiなどの有名な時事コメディ番組がヤンを特集しており、いよいよ知名度が高まってきています。
また本日の東海岸時間夜8時からの第6回候補者ディベートでは撤退したカマラ・ハリスに代わり、7人の参加者の1人に名前を連ねる事が出来ました。少人数ディベートは今回が初であり、これまでより多くの発言の機会に恵まれる事が予想されています。今回のディベートで彼独自の政策を強くアピールする事が出来れば、今後のレースで台頭する可能性があります。
今夜、彼の大統領候補としての運命が決まるかもしれません。