トランプ政権、妊娠中絶の扱いを巡りカリフォルニア州を脅す

約1ヶ月ぶりの更新となります。あけましておめでとうございます。

アメリカのニュースといえば今は弾劾裁判真っ最中で、CNNやFOXニュースのようなケーブルニュース局のみならず地上波のローカル局も上院での裁判の様子を生中継していますが、そのような中でもトランプ政権は活発に動いています。

金曜日、トランプ政権は合衆国保健福祉省のウェブサイトを通じ、カリフォルニア州の健康保険プログラムに対する連邦政府からの補助金を打ち切る可能性があることを発表しました。この背景にはトランプ政権の人工妊娠中絶に対する態度があります。

カリフォルニア州の健康保険制度では、民間の健康保険業者に対して人工中絶をカバーする事を強制しています。保健福祉省はこの強制を30日以内に廃止しなければ、州に対する財政援助を停止するというわけです。

「中絶の合法性などには関係なしに、人々は他人の中絶の費用を支払うことなど強制されるべきではありません。」と保健福祉省の市民権オフィスのディレクターであるロジャー・セヴェリーノ氏はメディアへの取材に対して語っています。

更に今回の措置の根拠として、セヴェリーノ氏は保健福祉省の支出の指針であるウェルドン・アメンドメントを挙げて以下のように述べました。

「ウェルドン・アメンドメントは非常に明確にこの事を示しています。もし州が連邦の基金を保健福祉省や他の政府機関から受け取っているのであれば、州の側は中絶をカバーするか否かで健康サービスを差別する事は許されないと。」

セヴェリーノ氏の主張には一貫性がない

アメリカの公共ラジオ放送であるNPRはこの宣言が出されたタイミングは「不明瞭」であると報じています。

「なぜ政権側がこの強制に対して今アクションを起こしたのか、そして中絶をカバーする事を強制している州は他にもある中で、カリフォルニア州だけが標的として選ばれたのかは不明瞭である。」

NPRが指摘する通り、中絶のカバーを強制している州はカリフォルニア州だけではありません。国立女性法律センター(National Women’s Law Center)の資料によると、2017年時点でカリフォルニア以外にニューヨーク州とオレゴン州がこの強制プログラムを採用しています。この中でカリフォルニアだけが標的となる明確な根拠はありません。

また面白い事に、この資料を見ていくとセヴェリーノ氏の主張の正当性が揺らぐ事実が明らかになります。

2017年時点で、全米50州のうちアラバマ、アリゾナ、アーカンソー、フロリダ、ジョージア、アイダホ、インディアナ、カンザス、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシガン、ミシシッピ、ミズーリ、ネブラスカ、ノースカロライナ、ノースダコタ、オクラホマ、オハイオ、ペンシルヴァニア、サウスカロライナ、サウスダコタ、テネシー、テキサス、ユタ、バージニア、ウィスコンシンの26州では、オバマケア成立で発足した「マーケットプレイス」(補助金を受けて加入できる保険)に対して、中絶への適用を禁止する何らかの規程を設けています。

更にそのうちの11の州は、マーケットプレイスを除く全ての保険に対しても中絶への適用を禁止しています。

もしも保険福祉省がカリフォルニアのように中絶をカバーしない保険を差別する州を咎めるのであれば、彼らは同様に中絶をカバーする保険を差別する上記の26の州に対しても補助金の打ち切りを宣告すべきです。

なぜトランプ政権はこのような筋が通らない措置を行うのでしょうか。

中絶問題と「文化戦争」

この保険福祉省の発表と同日、首都のワシントンD.C.では保守派のとある集会が行われていました。

March for Life、「命のための行進」を名乗るこの集会は人工中絶反対派のもので、トランプ大統領も参加。壇上に上がり約14分間の演説を行いました。政権はこの集会に花を添える目的で今回の発表を行ったというのがアメリカのメディアによる大方の予想です。

中絶反対派へのアピールはトランプにとって大きなメリットがあることです。何故ならば彼らは特に南部を代表する保守的な地域では大きな票田となっており、トランプはこういった運動に対する忠誠を示すような政策を実行することで再選への機会を狙っているのです。つまりは選挙対策です。

アメリカは世界一の先進国の顔を持つ一方で、キリスト教原理主義者が大きな影響力を持つ宗教国家としての一面も持っています。

伝統的にキリスト教は古代より中絶を認めてきませんでした。そしてアメリカで最も大きな宗教勢力は福音派というキリスト教原理主義の人々です。福音派は聖書の教えを忠実に守ろうとする人々です。だから彼らは中絶反対の運動を善意から行っています。何故ならば中絶は「命を奪う行為」だからです。

彼らが唱える「中絶は命を奪う行為だからやめよう」という主張は一見真っ当に見えますが、別の問題も併せ持っています。

例えば性犯罪に巻き込まれて望まぬ妊娠をした女性はどうなってしまうのでしょうか。女性には子供が出来れば、社会生活を送る上で良かれ悪しかれ何かしらの影響を受けることとなります。

あらゆる人に自由が認められる社会においては、誰しもが社会との関わり方を自分自身で決めることが出来ます。しかし性犯罪に巻き込まれた女性から中絶の権利を奪うことは、つまり彼女たちの自由な社会生活を送る権利を侵害することとなります。

このような考え方から公民権運動が盛り上がる1960年代以降、女性の自由を求める運動であるフェミニズム運動は展開されてきました。1973年、ロー対ウェイド判決で連邦最高裁は女性の「中絶する権利」は合憲であることを認められることとなりました。

上記のカリフォルニアを含む3州はこういった思想を更に進めて、保険制度にも中絶を受けやすくする為のシステムを組み込んだと考えられます。

(ちなみに日本では中絶費用は自己負担が原則ですが、性犯罪被害に遭った場合は公的補助を受ける事が出来る一方で、日本経済新聞の記事によると16道府県は財政難を理由にその支給額に上限を設けている事が問題となっているそうです。)

ところで銃規制や政教分離、マリファナ、人種差別などの問題を巡る保守主義者と進歩主義者の対立は、アメリカでは文化戦争(culture war)と呼ばれています。そしてこの中絶擁護派と反対派の議論は、この時代から現在に至るまでアメリカ政治の大きな対立軸であり続けました。

この文化戦争は政治そのものを駆動させる力にもなっています。保守主義者と進歩主義者の対立は共和党と民主党の二大政党制にそっくりそのまま乗り移ってしまいました。そして両者は完全に敵対者となってしまい、あらゆる妥協が難しくなりました。(かつてはジョン・マケイン上院議員のような両派の間を自由に動ける胆力を持つ政治家もいましたが、対立が先鋭化する中でそのようなことは難しくなりつつあります。)

女性であるヒラリー・クリントンと保守主義の暴言王であるトランプが戦った2016年の大統領選挙は、政治が文化戦争と地続きである事を示す象徴的な出来事であったと言えるでしょう。投票では票数が真っ二つに割れました。そしてその後も醜聞を垂れ流し続けるトランプは、弾劾裁判が行われる今に至ってもまだ約40%の支持率を保持しています。この40%という数字は、政権発足時からほとんど変化していません。

カリフォルニア州は合衆国内でズバ抜けて大きな人口を持つ州です。とても開放的な州でもあり、人種的な多様性にも富んでいる事から非常なリベラルな気風で知られています。そしてカリフォルニア州は大統領選挙における民主党最大の地盤です。

そして文化戦争を戦うトランプにとってカリフォルニア州は負かさなければならない敵なのです。NPRは以下のように分析しています。

中絶や健康保険に限らず、環境保護や国勢調査、移民などの数々の政策分野において断固として逆らってくるカリフォルニアへの苛立ちを、トランプは今まで隠してこなかった。

カリフォルニアは大統領へのよく知られた敵対者となった。彼は州の著名な政治家であるナンシー・ペロシ下院議長やゲイヴィン・ニューサム知事などの事を何度もツイッター上でこき下ろし、山火事対策に向けた連邦政府の援助も打ち切ると何度も脅しをかけた。

(*カリフォルニアでは大規模な山火事が頻繁に起き、数十万エーカーの土地が被害にあっています。)

つまり今回の嫌がらせのようなカリフォルニアへの援助打ち切り通告も、こういった流れの一環なのです。

山火事対策は失敗すれば数千人の人命を失うかも知れませんが、それでも彼にとっては敵対的な州の人命などどうでも良いのかも知れません。まさしく戦争の様相です。

アメリカにおける人工中絶は、今後もこういった両派の争いの中で政治的にも経済的にも振り回され続けることとなるでしょう。それがいつ終わるかは今のところわかりません。

 

引用及び参考

The New York Times / Trump Administration Threatens California Over Abortion

NPR / Trump Administration Threatens California Over Mandate That Insures Cover Abortion

NWLC / Fact Sheet August 2017

Department of Health & Human Services / HHS Issues Notice of Violation to California for its Abortion Coverage Mandate

Wikipedia / Culture War

Weldon Amendment

日本経済新聞 / 強姦被害の中絶費用、16道府県が公費支給に上限

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