北東部ニューハンプシャー州で民主党予備選挙の第二戦が行われ、バーニー・サンダース上院議員が2位のピート・ブーティジェッジ市長を僅差で破り、第一位に輝きました。
民主党の予備選挙では、簡潔に言えば、この各州での投票で獲得した一般投票の比率に応じた数の代理人を獲得し、この代理人の数を競うレースとなっています。(実際には、この代理人の数は、少し複雑な方法で算出されますが。)
2つ目の州を終えた時点で、現在の代理人獲得数はブーティジェッジが23人、サンダースが21人となっています。この代理人は全国で4,750人いますので、まだまだほんの一部という感じですが、この序盤の2戦でトップを競っているこの二人には風が吹いているように見えます。
一方でアイオワ以前は最有力と見られていたジョー・バイデン前大統領は代理人獲得レースで5位に沈んでいます。彼が獲得すると思われていた中道左派の票はブーティジェッジに流れていると考えられています。しかし、バイデンには非常に盤石な黒人有権者からの支持があると考えられています。また中道左派で実績もある彼は、保守寄りな南部の民主党員から手厚い支持を受けています。ですので、黒人票も多い大都市を擁する州や、南部でバイデンが息を吹き返す可能性も十分にあります。
ニューハンプシャー州予備選が終わった時点での情勢は以上ですが、火曜日には予備選挙を揺るがすもう一つの発表がなされました。
それは起業家アンドリュー・ヤン候補の予備選挙からの撤退です。
アンドリュー・ヤン撤退
当ブログは以前にこのアンドリュー・ヤン候補の紹介記事を掲載しましたので、彼自身の大統領候補としてのビジョンを知りたい方はこちらのリンクから記事に飛んでください。
ニューハンプシャー州の予備選の開票中、ヤンは自身の集会の中で予備選からの撤退を宣言しました。
「私はMath(数学)の男だ*。そして今夜示された数字を見れば、私達がこの予備選挙で勝てない事は明らかだ。だから、私は今夜このキャンペーンの終了を宣言する。」
* ヤンは自身の選挙キャンペーンのスローガンをMATHとしていました。これは自身がデータを重んじること、数学に強いというアジア人のイメージを押し出すこと、そしてトランプのMAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大にする)に対抗するMATH(Make America Think Harder=アメリカにしっかり考えさせろ)というメッセージを込めたスローガンでもありました。
ヤンはこのニューハンプシャーでわずか2.8%の票しか獲得できず、このことから予備選からの撤退を決心しました。しかし、あらゆるメディアは、他の候補者に比較してマイナーなヤンの撤退を、比較的大きなニュースとして報道しました。
台湾系アメリカ人2世の彼は、今回の民主党予備選に出馬した候補者として唯一、ユニバーサルベーシックインカム(以下UBI)の導入を提唱した候補者でした。
彼は自身のUBI政策をFreedom Dividend(自由の配当)と呼び、全ての18歳以上のアメリカ人に毎月1,000ドルのベーシックインカムを配給するとしていました。
また、彼は起業家支援を行ってきた今までのキャリアから、インターネットやAIなど現代の技術や社会アーキテクチャの革新について明るいことを売りにしていました。UBIはオートメーション技術の発展とそれによる社会構造の変化に対応する手段として訴えていたものでした。
UBIの財源として彼が提唱していたVAT(付加価値税)もまた、今回の予備選挙では彼だけが提唱していた政策ですが、これはITメジャーの税金逃れに対する強力な対抗手段であると考えられ、既にEUでは実用化されています。
ヤンはインターネット上では非常に人気のある候補でした。
YouTubeやTwitterなどのソーシャルメディア上で彼の評価を見ると、彼がデータ主義であることや、その知的なところを評価するコメントが多く見られました。

これはニューハンプシャーでの開票中のTwitterトレンドですが、彼が撤退を宣言したこともあるとはいえ、 ヤンに関するツイートが大量に投稿されました。
また #YangGang とは彼の支持者たちを表す合言葉ともなっているハッシュタグであり、この #YangGang が勝者であるサンダースを差し置いて4時間にも渡りトレンド1位を独占していたことから、如何に彼がソーシャルメディア上で人気者であったかが分かります。
しかし、残念ながら彼はそのソーシャルメディア上での人気を現実世界での有権者たちからの票に替えることが出来ませんでした。
それでもヤンは若者から好かれている
彼の知名度は他の候補と比較してもそれほど低くありません。
イギリスの調査会社YouGovによれば、ヤンの名前を聞いたことがあるという人はアメリカ人全体の65%で、これは現在2位を走るブーティジェッジの68%とそれほど大きな差はありません。一方でサンダースは95%の強い知名度を持っていますが、ヤンの知名度が特別低いわけではありませんでした。
大きな問題は、インターネットを多用するキャンペーンに頼る以上、支持を訴える対象は若者が中心となること。そして多くの若者は既にサンダースを支持している人が多いことだったのではないかと考えられます。
そして、ここで一つ興味深いのは、ヤンはサンダース支持者の若者たちから好かれているということです。
筆者がインタビューをした若者の一人、ミネソタ州の州立大学で政治学を専攻しているイーライという23歳の青年は、サンダースの熱烈な支持者ですが、同時にヤンのことも好意的に見ています。
「ヤンは素晴らしい候補だと思う。彼のUBIのプランはとても魅力的だし、技術に詳しいのも良い。新しいビジョンを示してくれていると思う。」
しかし、彼は以下のようにも語りました。
「でも彼は政治の世界では完全にアウトサイダーだ。それに僕はバーニーのことが4年前から好きだ。だからヤンに投票する気はない。」
これに対し、現大統領のトランプも政治に関してはアウトサイダーであることを指摘すると、イーライはこのように答えました。
「実はそれは大きな問題だ。彼のやり方は上手く行ってない。バーニーはワシントンでのキャリアが長いから大丈夫だ。だからバーニーを選ぶ。でもヤンのことも好きだ。僕の理想は、バーニーの内閣でヤンが労働長官か商務長官になること。彼は具体的なビジョンとアイディアを持っている、それは素晴らしい資質だよね。」
全員がこのようにヤンを高く評価をしているのかは分かりませんが、少なくとも多くのサンダース支持者はヤンとその支持者たちにフレンドリーな印象を持っているようです。
ワシントンD.C.のサンダース派で筆頭格でもある30歳の下院議員アレクサンダー・オカシオ・コルテスは、Twitter上でヤンに以下のように語りかけています。
You ran a great race, @AndrewYang. Your campaign focused on the future, and looked like you were having a lot of fun doing it. Thank you for bringing up ideas like UBI and opening a discourse on how we better value undervalued work like caregiving.
あなたは素晴らしいレースを走りました、アンドリュー・ヤン。あなたのキャンペーンは未来に焦点を当てたものした。そして、あなた自身もそれを楽しんでいたように思います。あなたがUBIのようなアイディアを議論の俎上に載せたこと、そして介護のような過小評価されている仕事の価値を問いかける議論への道を開いてくれたことに感謝します。
— Alexandria Ocasio-Cortez (@AOC) February 12, 2020
特にUBIをアメリカ全体にアピールしたこと、大統領選挙という場で議論の俎上に載せたことは、ヤンの大きな功績でしょう。
UBIが正しい方向性であるか、実際に機能するのかどうかは今も明確な答えが出ていない議論ですが、少なくともこの議論をヨーロッパのではなくアメリカの国政選挙に持ち込んだこと自体に大きな意味があるのかも知れません。
ヤン本人も、上の敗戦の弁の中で、このことについて語っています。
「我々の最も重大な提案であるユニバーサルベーシックインカムは、主要な議題のひとつとなった。我々はその支持を拡大してきた、今や民主党支持者の66%はUBIを支持している。18歳から34歳までの投票者の72%もだ。」
このことをサンダース支持者たちも高く評価しているようです。
一方でBusiness Insiderの調査によれば、ヤンの支持者の69.4%はサンダースに対して好意的な意見を持っているとのことです。
そもそもヤンはサンダースが提唱するMedicare for All 政策(医療無償化)を自身の政策として掲げていたこともあり、両者ともに福祉を手厚くするという政策では共通点が多いため、ヤンの支持者の多くはサンダースのキャンペーンに合流する可能性があります。ヤンの撤退により、サンダースの若者からの支持は今以上に盤石となるかも知れません。
しかしまた、ヤンは上のスピーチの中で「これは始まりだ」と語りました。そして、彼の支持者たちは「2024! 2024! 2024!」と叫びました。
ヤンの冒険はこれで終わるのか、それとも2024年に再びUBIを旗印に大統領選挙に現れるのか、それまでに何かしらの政治経験を積むのか、など多くの人々が彼の今後に興味を持っているようです。
現在ヤンと同じく民主党予備選に出馬しているマイケル・ブルームバーグのアドバイザーであるハワード・ウォルフソンは、ヤンの撤退についてTwitter上でこのように投稿しています。
. @AndrewYang would make a very interesting candidate for NYC Mayor in 21. https://t.co/1QE5HrzW2i
アンドリュー・ヤンは、21年のニューヨーク市長選で非常に興味深い候補になるだろう。
— howard wolfson (@howiewolf) February 12, 2020
本人はMSNBCの取材に対し、現時点でのニューヨーク市長選挙への出馬を否定しています。しかし、彼が今後政治の世界に向かっていくのかどうかは、非常に興味深いポイントです。今後のアンドリュー・ヤンにも注目です。
引用・参考元
Ballotpedia / Democratic presidential nomination 2020
Business Insider / Bernie Sanders benefits the most from Andrew Yang dropping out