日本のニュースメディアにおいて、アメリカ大統領選挙に関するニュースといえばトランプ大統領の振る舞いやコロナウィルス対策に関する話題が大半を占めているように見える一方で、対抗馬であるジョー・バイデン前副大統領の政策はあまり注目されていません。
バイデンは今回の大統領選挙でいくつかの特徴的かつ強烈な公約を掲げています。
今後は大統領選挙直前ということで、現在世論調査において優勢であるとされているバイデンの公約を紹介していきたいと思います。
最初の今回は、バイデンの環境政策について紹介したいと思います。
2050年までにクリーンエネルギー100%を目指す
バイデンは2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするプランを掲げています。近年の気候変動を危険視する声は民主党から大きく上がっています。
トランプ政権によるパリ協定からの離脱はリベラル派からの強い反感を買いました。バイデンはまずオバマ政権時に歩んでいたコースに環境政策を戻すことを期待されていますが、それだけでは国内の労働者階級の有権者からの支持は得られません。
バイデンはより広い層からの支持を得るために、環境政策を経済対策とセットで行うことを明らかにしています。
バイデンは上の目標を達成するために、議会に対して以下の三つのアクションを求めるとしています。
⒈ 2025年までに、上記目標を達成するための執行機関・行政上のメカニズムを完成させること
⒉ クリーンエネルギー及び気候変動に関する研究に莫大な投資を行うこと
⒊ 経済界及び気候変動に左右されやすいコミュニティに対し、クリーンエネルギーの導入を奨励すること
つまりバイデン自身は自身の第一次政権はゼロエミッションを目指すための道筋を定める時期であると考えているようです。
「グリーンニューディール」を前面に押し出さないのものの
2016年の大統領選挙でトランプに流れた労働者たちの支持を獲得するためには、気候変動への危機意識を煽るだけでは不十分であり、彼らに対して経済的な利益があることを示す必要があります。
更にバーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ・コルテスらを支持する進歩主義者たちからは、バイデンはあエスタブリッシュメントの代弁者として見られており、彼らの支持する政策を取り入れる必要がありました。
ここで鍵となるのが、進歩主義者たちが提唱してきた「グリーンニューディール」です。
2019年にオカシオ・コルテスらが提出した「グリーンニューディール」の決議案は米国メディアでも大きな話題となり、以降サンダースら進歩主義勢力にとって重要なアジェンダとなりました。
「グリーンニューディール」とは、化石燃料に依存したエネルギーから再生可能エネルギーへの転換を目指すために、大規模なインフラ開発事業や再開発を政府主導で行う政策ビジョンのことです。
つまり、風力や太陽光などによる発電施設やそれに付随する大小様々なインフラ整備や再構築を行うために極めて大きな公共事業を行う政策であり、これによりエネルギーの転換と、財政出動による経済刺激を同時に行うことが出来ます。それが、かつてフランクリン・ルーズベルト大統領が行った大規模な公共事業政策であったニューディール政策とかけて、「グリーンニューディール」と呼ばれているのです。
重要なのは、どの程度の規模の財政出動を行うかという事ですが、バイデンは公約として連邦政府からは10年間で1.7兆ドル、更に民間や地方政府を合わせて5兆ドルの投資を行うとしています。これはエネルギー転換を目指す公共投資としては、米国史上で類を見ない大きなものです。バイデン陣営はこの公共事業及び新たな発電事業の展開により、現在化石燃料に依存したエネルギー産業に従事する労働者たちの雇用は守る事が出来るとしています。
ただし、バイデンはこのプランを「グリーンニューディール」とは命名していません。
「グリーンニューディール」という言葉は、いわばサンダースらのような左派勢力のシンボルとなっており、保守派やトランプ支持に傾いているような投票者からはあまり好感を持たれていません。
より幅広い支持を得たいバイデンとしては、堂々と「グリーンニューディール」を掲げる事は出来ませんでした。しかし内容的には進歩主義者たちが掲げる政策と大きく異なるものではなく、この環境政策と公共事業政策を組み合わせた公約によって、バイデンは両者からの支持を得ようとしているようです。
技術と科学への支援
上記の政策によって国内の発電事業を再生可能エネルギーにシフトさせても、ゼロエミッションを達成するにはまだ解決すべき課題があります。
バイデンは移動手段、交通の変化を主張しており、連邦政府の所有する車両や施設の脱炭素化や、市販車には電気自動車のようなクリーンな車両を奨励する事、公共交通機関への脱炭素化支援などを行うことを公約としています。
更にその他の課題を解決し、2050年の目標を達成するためには科学技術の進歩が必要であるとバイデン陣営は主張しています。
そういった変化を生み出すために、バイデンは連邦政府の主導で新たな科学技術開発のエージェンシーを設立する事を公約としています。その名はARPA-C(Advanced Research Project Agency focused on Climate = 気候に関する先端研究部門)であり、これが様々な技術的な課題を解決を目指す先頭に立つことになります。
ARPA-Cによる研究課題は多岐に渡るとされていますが、筆者個人として興味深いものは原子力発電へのアプローチです。
バイデンの公約一覧には
「(ARPA-Cを通じて)原子力発電の未来を見定める。我々のコミュニティや国家の安全保障を脅かす気候変動の危機に取り組むにあたり、我々は全ての低炭素あるいはゼロ炭素の技術を見なければならない。それため、バイデンはARPA-Cを通じて研究を支援し、核廃棄物処理のコストから安全性にいたるまでの、今日の原子力発電の課題となっている問題を調査する。」
とあります。この公約は原子力からの撤退を意味するようにも見えますが、上記のような原子力発電が抱える課題が解決される糸口が見つかれば、むしろこれを積極的に活用していくと宣言しているようにも見えます。
元々サンダースやオカシオ・コルテスら左派勢力は、「グリーンニューディール」とゼロ炭素社会実現の為にも、原子力発電の積極利用を提唱していました。
よって、バイデンはこの公約によって彼ら左派の支持者たちにメッセージを送っているものと考えられます。
今回はバイデンの環境政策について紹介しました。
バイデン陣営はこれら以外にもパリ協定への復帰など外交上での振る舞いについてや、現在化石燃料を扱うエネルギー企業らへの処遇についてなど、様々な公約を立てています。
しかしながら、やはり最も重要なのは「グリーンニューディール」の名を冠していない「事実上のグリーンニューディール政策」であると言えるでしょう。度々、リベラル派は経済政策に弱いと言われていますが、バイデンのこの政策は環境意識が高い左派の有権者と、労働者階級の有権者の両方に強く訴えかけるものであると筆者は考えます。
この政策がどの程度有権者に伝わっており、どのように評価されているのかは11月3日の投票日にわかる事でしょう。
ジョー・バイデンの環境に関する公約ページへのリンクはこちらから
https://joebiden.com/climate-plan/