ワールドカップに見え隠れする「西欧中心主義」

日本代表チームの活躍で、国内では大いに盛り上がったワールドカップ。欧州ではカタールでの開催に対する否定的な見方が見られる一方で、海外ではモロッコや日本のような非西洋諸国の躍進が大きく取り上げられ、中東地域ではそれに溜飲を下げる人も多く、今回のワールドカップではそういった国際的な摩擦が表出しているように見えます。

ロンドンから中東ニュースを配信するメディア Middle East Eyeにて、この問題について興味深いニュースが掲載されていたので、今回はそれをご紹介したいと思います。

「際限なき西洋の偽善」

今回ご紹介する記事はこちら

Qatar World Cup: Western Hypocrisy knows no bounds

タイトルを直訳すると「西洋の偽善には際限がない」となります。果たしてカタールWCを批判する西洋社会の何が欺瞞であるといえるのでしょうか。

記事の前半では、西洋メディアが今回のカタールWCについて問題視している点を紹介しています。これらは有名な話ですので詳しくは紹介しませんが、例えばスタジアムやインフラ建設に従事した外国人労働者たちが置かれていた劣悪な労働環境や、性的マイノリティを迫害するような人権意識の低さ等です。

開催国カタールのそれらの行いに対し、ヨーロッパ社会はWC開催前から強く抗議していました。ヨーロッパ側の指摘していた問題点はまず事実として存在しています。しかし、記事の著者であるフェラス・アブ・へラル氏(アラブの独立メディアArabi21の編集者)は、これらが偽善であるとしています。

「しかし、これらの(西洋での)報道は偽善に満ち溢れている。事実、今回のWCに向けた建設プロジェクトに携わった多くの巨大建設企業らは西欧を拠点としている。そしてそこに属する西洋人たちは、カタールにおいてより高額な報酬を得ている。しかしながら、これらの真実がカタールにおける人権調査文書で語られる事は極めて稀である。」

「西欧からの駐在員たちは、カタールを含む湾岸諸国において、不平等かつ不当な賃金分配のおかげで極めて大きな利益を享受している。しかしそういった問題点が西欧のメディアで取り上げられる事もない。彼らの給与は非課税であり、しばしば転居や宿泊の費用を含む魅力的なパッケージをオファーされている。」

このように、カタールにおけるワールドカップ開催の背後には西洋諸国による搾取とも言ってもよいかも知れない利益構造が存在しています。カタールで今回の開催に携わった外国人労働者やカタール人労働者たちが過酷な環境で働く背後では、西洋企業やそこで働くヨーロッパ人たちが暴利を貪っていると主張しています。

そもそもサッカーはヨーロッパで発展したスポーツであり、その世界大会たるワールドカップの開催にあたり、メディアを含む様々な業種のヨーロッパ企業がそこから受益しているのは至極当然の事と言えるでしょう。そういった利益構造の中に置かれながら、ヨーロッパメディアが開催地カタールで起きている事を一方的に断罪するのは偽善であるとしているわけですね。BBCでは開会式の放映をボイコットしたそうで、中東のメディアからは無礼であると批判されています。

ヨーロッパ人の敵意とヨーロッパ中心主義

ヘラル氏は、こういったヨーロッパ人の所業の背景には彼らが中東の文化に対して抱いている奇異な感覚と差別感情があると論じています。

例えばBBCをはじめとした様々な英語メディアは今回のワールドカップを「砂漠のワールドカップ」と呼び、タブロイド紙は目撃したラクダの事などを書き綴って、この「砂漠のワールドカップ」を演出しようとしていると言います。

ヘラル氏は、これはオリエンタリズムであると言います。オリエンタリズムという言葉には東洋趣味という意味がありますが、それはしばしば西洋の帝国主義や植民地主義的思想から来る東洋世界への見下した態度として解釈されることもあります。

こういった、おそらくヨーロッパで開催された場合はなされないような演出は、ヨーロッパ人が「我々の世界とは違う場所で開催されている」という点を強調しており、

カタールワールドカップは彼らの外側の世界での出来事=オリエンタリズムとして消費されていると見ることができます。

こういった西洋人から見て奇異なワールドカップである事が、彼らの中にある「白人優位主義」あるいは「ヨーロッパ中心主義」的な意識と結びつき、それが中東世界に対する敵意として表出しているのではないかというのがヘラル氏の考えのようです。

ワールドカップに対するヨーロッパ中心主義的な見方というのはメディアにしばしば現れるといいます。この記事で紹介されている例として、英国のDaily Mail紙は今回のワールドカップが11月末から12月中の開催となったことに対し

「(カタールは)私達の真夏のサッカーを盗んだ!」

と述べています。ヨーロッパ人からすれば真夏の大きなスポーツイベントがなくなって見るものがなくなったという感覚のようです。しかし、なぜ世界中の人達がヨーロッパ人の夏の過ごし方などを気にかけなければならないのでしょう?そんな理由はありません。が、このような態度こそがヨーロッパ中心主義の現れなのかもしれません。

確かにこれまでの歴史において、ヨーロッパが世界のサッカー文化の中心であった事は事実です。しかし今回のアジア勢の活躍やモロッコの躍進は、サッカーがヨーロッパだけのものではなくなり世界的なスポーツとなったことを感じさせます。

ヘラル氏は記事の最後にこのように述べています。

「確かにヨーロッパは強いサッカーの歴史を持ち、また他の大陸に比べて多くの勝利をおさめてきた。しかしサッカーは今や世界的なゲームであり、多様な国や地域のショウケースとなるべきだ。

2022年ワールドカップはカタールやその他のアラブ国家における人権問題について語られる良い機会となったが、同時にそれは西洋メディアによる偽善やオリエンタリズム、ヨーロッパ中心主義が露呈する機会ともなった。

ワールドカップとは祝われるべきものであり、また大陸を股にかけた全ての国において前進する機会となるべきだろう。」

世界的なイベントであるからこそ、各地のメディアはお互いの文化に対してリスペクトを持った報じ方を心がけて欲しいものですね。

引用・参考

Qatar World Cup: Western hypocrisy knows no bounds – Middle East Eye

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