11月5日、下院の超党派によってバイデン政権が提案したインフラ投資法案が成立しました。これにより1.2兆ドル(136兆円)規模の財政出動が行われる事となります。
主な内訳は
・道路、橋などの建設や修復に1100億ドル
・公共交通機関に390億ドル
・上記と別枠で州間を結ぶ旅客鉄道公社であるアムトラックに660億ドル
・ブロードバンドに650億ドル
・電力系統に650億ドル
・電気自動車のインフラに75億ドル
・空港整備に250億ドル
などとなっています。
このインフラ出資法案はバイデン大統領が昨年の大統領選挙のキャンペーン中に掲げていた”Build Back Better(より良い復興)”政策の一環です。
ここで注目したいポイントは、今や航空輸送に完全に遅れをとっているアムトラックに660億ドル(約7.5兆円)もの大規模な出資をする点です。

まずアムトラックと航空会社の国内旅客輸送を比較すると、2016年時点の航空各社の旅客数は一日平均で約200万人でしたが、アムトラックの一日平均旅客数は僅か8万5千人にすぎず、あまりにも大きな差を付けられているのが現状です。
アムトラックは1971年に設立されました。バイデン大統領が当初議会に要求していた出資は800億ドルであり、そこから18%削減されたものの、660億ドルの出資は設立から50年の間で最大のものです。
落ち目の鉄道輸送に、なぜ過去最大の政府出資がなされるのでしょうか。
この背景には、民主党の環境政策があります。
超大規模な財政出動によって、エネルギーや交通インフラを再生可能エネルギーに大転換していくことで、二酸化炭素排出量の削減、経済成長、雇用の確保を同時に行っていくという「グリーンニューディール」は、主にバーニー・サンダースなどの進歩主義者が主張している政策ですが、彼らは民主党内で既に一定の勢力を確保しているため、バイデン大統領は彼らに配慮した政策を推進しているわけです。
現在米国内での移動の主な手段は航空機か自動車です。アムトラック側の主張では、旅客一人当たりの二酸化炭素排出量では、鉄道は航空機に比べて73%、自家用車に比べて83%も少ないとのことです。
日本語の文献になりますが、工学院大学の研究によれば日本の新幹線の二酸化炭素排出量は1座席1kmの移動で0.0093kgであるのに対し、飛行機の排出量は1人1kmの移動で0.109kgであるそうです。新幹線は飛行機に比べて10分の1以下となるわけですね。
アムトラックの車両にはディーゼル車と電車が混在しており、また日本の新幹線ほど高性能では無いため、単純にこれをアメリカの航空機と鉄道の比較に当て嵌める事は出来ませんが、しかしエコツーリズムの観点から見て鉄道は他の移動手段に比べて優位なことは間違いなさそうです。
またバイデン大統領自身が「アムトラック・ジョー」と呼ばれるほどのアムトラックの愛好家であり、上院議員時代に40年近くに渡りアムトラックを通勤に利用していた人物であることは有名で、この大型出資の背景にはそういった事情もあるのかも知れません。
アムトラックは現在ボストンーワシントンDC間の高速路線である「アセラ・エクスプレス」にドイツのシーメンス社開発の最新型車両を導入する予定であり、今回の出資は「アセラ」路線の強化や、また各線の安全性強化に使われるとのことです。

東西に広いアメリカの国土全域を移動する事に関して鉄道は航空機に及びませんが、都市間の中距離輸送に関して言えば、駅は都市の中心部に位置する事などからも鉄道にも優位性があります。特にボストンーニューヨークーワシントンDCの北東部の三大都市の間では毎日大量の旅客輸送がなされており、ここが航空機から鉄道に置き換わっていくだけでも、二酸化炭素排出量の削減にはそれなりに大きな効果が出てくるかも知れません。
引用・出典
The White House – FACT SHEET: The American Jobs Plan
Amtrak – National Fact Sheet FY 2016
Amtrak – Travel Green with Amtrak
The Hill – Amtrak chief outlines expansion plans with infrastructure spending
Bureau of Transportation Statistics – 2016 Annual and December U.S. Airline Traffic Data
POLITICO – How Biden’s infrastructure win flls short in one big idea